税理士の独酌譚 バックナンバー

「税理士の独酌譚」  36かぐらむらH22.8、9月号
例えば美空ひばりの曲をCDで聞くと曲のテンポが何だか間延びして歯がゆいくらいテンポが遅い。当時激しく感じたプレスリーでさえ間延びして迫力を感じない。同様の感覚を今まで幾度も味わったが、時代の移り変わりとともに音楽のテンポが相対的に速くなっているのは確かで、好きだった曲を改めて選んで聞いてみると少しがっかりすることがある。ところがこれがラジオやテレビで耳にするとそれほどでもない。錯覚で振り回されているのか、別の満足要素が加わるのか、この不思議を今研究している。年齢を感じ、精彩を欠いていると思い始めたら、この研究成果を使って周りを煙に巻いてやろう、と密かに企んで・・・・ってか?

「税理士の独酌譚」  34かぐらむらH22.4、5月号
 去年のこの号(・・独酌譚其二八)ではWBCの優勝が決まった時の喜びを書きました。調子に乗ったついでに大リーグに新チーム誕生の話を披露しました。ほとんど誰も本気にしてくれませんでしたが、四月号ですからフールギャグの一つくらい言わなくっちゃ、です。
 ところで昨日と今朝と連続でウグイスの声を聞きました。彼らは婚活で相当に忙しいが、勝手に聞き惚れるこちらは、晴れてさわやかな空気ときれいな啼き声に踊り出したい気分。誰も相手にしてくれない馬鹿話にも、一人で悦に入っていられる楽しさよ・・!ですよ。 春満開!


「税理士の独酌譚」  33かぐらむらH22.2、3月号
  友人のKからの年賀状は毎年一月末に届く。遅くなってすみません、から始まる懐かしい文字にもすっかり慣れ、今では春の到来のように感じている。初めは旧暦にこだわったかと仲間内で笑っていたが、徹底して毎年同じ頃に届くと、それがKの個性だと思ってしまうのだからこちらが慣らされてしまったのである。Kは一緒に泊まれば風呂には人の三倍も時間をかけ、支度その他なんでも人より遙かに遅く、皆が待ちくたびれて文句を言うものの誰一人怒らない。憎めない男だと諦めているのである。寒いところの生まれだと聞いたが、悠長な性格は徹底していて少しもあわてず仙人以上だと、遅い年賀状を見て今年も感嘆してしまう。

「税理士の独酌譚」  32かぐらむらH21.12、H22.1月号
  年末には書店や文具店の一角に翌年の手帳が堆(うずたか)く積まれ、年を追う毎にその種類も量も増えている。私も手帳を買うのは楽しみで大判のものを毎年使っていたが、数年前からは小型のポケットサイズに変えていた。新年度用には更に小型のものを買って張り切っていたのだが、いざ使い始めてみるとあまりに小さ過ぎて具合が悪い。しかも早々と九月初めに買い込んで、いつから使うのかと周りから冷やかされながらこの日を待っていたのでそんな不満顔もできない。我慢して一ヶ月ほど使ってみたが、心底に沸き上がった不満因子は抑えがたく、こっそり昨年と同じものを買いなおし、すでに使い始めた書き込みなどを書き写したりする愚かさまで隠そうとして、一人苦笑するばかりです。

「税理士の独酌譚」  31かぐらむらH21.10、11月号
  知り合いの若いアメリカ人は母国の主要官庁の公務員。彼は日本語を少し話しますが覚えた日本語は江戸時代の侍言葉で、「ありがとう」は「かたじけない」、「はい」は「左様でござる」、「お願いします」は「お頼み申す」、こちらが「ありがとう」と言えば「めっそうもない」といった具合。ときどきあまりのギャップに笑い出すこともありますが、心の有り様はなんとも気持ちが良く、相手を敬うとか、謙譲の心配りや礼儀正しさは見上げたもの。因みに彼の名前をその必要があって漢字表記すると『天狗』さん。これにはさすがにびっくりしましたが、秋の風情とともにそろそろやってくる頃だと心待ちしています。

「税理士の独酌譚」  30かぐらむらH21.8、9月号
 忙しさを言い訳に、時々物の置き場所を忘れます。携帯の置き場所を忘れたら別の電話から呼び出してみればいいですが、この方法がほかにも使えると錯覚することがしばしばで、車の鍵や眼鏡、読みかけの本までもベルで呼び出そうかと思ってしまいます。先日健康診断で、酒を飲み過ぎると脳に隙間ができてしまうと脅かされました。そんな写真も見せられてぞっとしましたが、酒を止めたり減らしても治らないそうです。どうすればとお医者さんに聞いたところ、「諦めるんですね」とニベもない返事。ならば、いっそ、『酒やめた それでも金は貯まらない』と開き直りましょう。しかし、そんな冗談を言っている場合ではありません。

「税理士の独酌譚」  29かぐらむらH21.6、7月号

  古い友人が、信州で暮らすと言って東京から抜け出して行きました。屏風のようにそそり立つ北アルプスの山並みの景色を、自分で撮った写真の絵はがきにして届けてくれ、その美しさに息をのみます。別の友人は、今度神楽坂に引っ越してきたと、六年ぶりの子供の近況情報を添えて連絡してくれました。それぞれ元気な様子を知って自分も元気になります。

今朝、カラスが木の細枝を折って口に咥(くわ)えて飛び去る姿を見ました。巣作りの準備でしょう。幾百本もそうやって集めて巣作りをしている様子を想像すると、嫌われ者のカラスにも何となく親しみを感じます。


「税理士の独酌譚」  28かぐらむらH21.4、5月号
  WBCの優勝が決まった時には、興奮と喜びと溜飲が下がる思いと、果敢な競争相手の韓国の健闘を讃えるさわやかな感情が瞬時に去来しました。夜にはビールを飲みながら、ほとんどすべてのチャンネルで繰り返し放送されるハイライトや裏話、エピソードの紹介を深夜二時まで見て、翌日は睡魔との闘いです。これほど痛快な気分は滅多にあるものではありませんからやむを得ないでしょう。同じように楽しく過ごした人もたくさんいたに違いありません。さて今度は日本人だけの一つのチームが新しく旗揚げして大リーグに参加します。チーム名は『侍』、スポンサーは日銀。金ならいっぱいあるぞー・・・

「税理士の独酌譚」  27かぐらむらH21.2、3月号

親しくお付き合いしていただく方から、山で大きな熊に襲われた話を聞きました。

立ち上がって今にも強い足の一振りで叩きつぶされそうだったが、あまりにも発達した熊自身の筋肉が邪魔をして細いこちらの体を締め上げらない。そこへすっと入り込んでいきなりしゃがみ込み、ヤツの足を取ると、もんどりうって仰向けにどっと転び倒れた。これを、ちょうど石があるあたりを狙って仕組んだものだから、熊はその石に頭をぶつけて脳震盪でもおこしたようでしばらく動かない。その隙に急いで荒縄で前後の足を縛り上げて一丁上がり、となったとか。

うまい酒と熊の話で楽しく過ごしました。

この話を私は信じます。


「税理士の独酌譚」  26かぐらむらH20.12、H21.1月掲載
  老化は誰しも嫌います。若いうちはその言葉さえ知らず、その意味を実感的に理解することもない。そして老いを知る頃には、光陰矢の如しなどと時の過ぎる早さを知ってがっかりするばかり。人生の賞味期限は物忘れが一つのバロメーターで物忘れの補填には経験の積み重ねがものをいうけれど、それさえ忘れてはどうにもならない。引き出しの奥にしまい忘れたと笑って誤魔化すか。さてしかし、老いの始まりは廉恥心の欠如から。これを維持する限りは老いることはなく、これを知らないうちは未熟者と謗られる。人間らしさと礼節も廉恥心に支えられているのだから。

「税理士の独酌譚」  25かぐらむらH20.10、11月号
  この夏は暑かった。しかし、振り返ればここ何年も同じことの繰り返しです。今はさすがに気分が変わり、うまい酒を思う季節。酒の肴は、異常気象を嘆き、異常な事件を嘆き、政治の不甲斐なさを嘆き、日本は何と意気地のない国になったかと嘆き、と憂うるばかり。なんだか酒まで憂国調で、これはいかんと友を求めてドンチャン騒ぎ、翌朝の思いは推して知るべし。秋は収穫を祝って食欲と酒に酔い、自然への憧憬を楽しみ、そして見知らぬ人とも即座に友誼を交わして話が弾み、なんだか年来の友。政治家達よりもよほどまともな意見を聞く。ああ、市井に人ありか。

「税理士の独酌譚」  24かぐらむらH20.8、9月掲載
 効果的に確実に若返る秘伝の公開です!

病は気からですから若さも気持ちの工夫で変わると信じること。年齢の嘘はほとんど叱られることはありません。どうせ誰でも後期高齢者などといい加減な呼び方をされるなら、せめて自分で思い切った年齢を口にして、気分を変えてみたら良いと思います。例えば七十歳の人なら二周り位サバをよんで四六歳ですよ、と五〇回も口にしてケロっとしていれば、本当に四六歳の気分になりそうです。多少憎まれっ子になって人を食って遊んでいれば長生きすると、ことわざにもありますから。

さて私は今日から何歳と言おうかな♪♪。


「税理士の独酌譚」  23かぐらむらH20.6、7月掲載
  前回の続きですが、今年こそは桜の花を満喫しました!千鳥ヶ淵の見事な桜には本当に感動しました。何でも時期(季節)というものがあって、遅ければ意味が無く、早すぎれば間抜けです。花もその盛りに見られなければ美しいわけではありません。そういえば、俳句に季語が重視されるのはなぜかと問えば、情景を表現するときに闇の中でこうした、ああしたもないのだから、どこで何がどうした、というときの「いつ」の表現が「季語」という端的な表現方法で全うされている、と思うのです。ならば、多忙を理由に「何時かあれをやろう・・」と考えて月日が過ぎるのは、季語を忘れた言葉遊びのようでしょうか・・・

「税理士の独酌譚」  22かぐらむらH20.4、5月掲載
  桜の開花予想が毎年徐々に早くなっていることに複雑な感慨があります。わが事務所は会計事務所ですから、例年四月初めまでかなり多忙のうちに過ぎ、梅も桜も駆け足で通り過ぎて行ってしまいます。これに負けじと必死でねじり鉢巻きで頑張るのですが、温暖化で花がさっさと咲いてしまうと、鉢巻きもずり落ちてしまうような悲しい気分になる、という妙な感慨です。そこで今年は、エーイ!とばかりに大決断をして、花が咲く前に一切を終わらせてしまうという目標を立てました。この独酌譚の原稿を編集者さんが目にしている頃は、私たちはきっと酒盛りの真っ最中です・・・。

「税理士の独酌譚」  21かぐらむらH20.2、3月掲載
 私は犬好きですから、犬を散歩させる人の姿に敏感で犬の排泄物が神楽坂の歩道を汚していることが気になります。捨てられたガムの汚れも目立ちます。汚れた街ではそこに住み活動の拠点にしている人まで汚れているようないやな気分。早朝に掃除している人の苦労も、美しく活気ある街を目指すたくさんの人の意識も、商店街の人たちが苦労して成し遂げた電柱の地中化と歩道のリニューアル事業の成果も、僅かな不心得者達にないがしろにされて残念至極。街を訪れる人も、きれいな街を期待する筈、きれいな街なら更に楽しんでもらえる。懐かしい言葉ですが「公徳心」が無いのは貧相ですね。

「税理士の独酌譚」  20かぐらむらH19.12、H20.1月掲載
 辛いものが好きで苦手という妙な体質が悩みです。口にしてすぐに顔じゅうに(顔だけに)汗が噴き出しやがて味もわからない。時々、事務所のスタッフと出かける近所の昼食で、おいしいが辛いというアジア料理にも、決まって汗だくになり湯上がり然として帰ってきます。今日もそのきわどい楽しみに、我を忘れて昼休みを過ごしてきました。おいしさの楽しみ、私の不思議な光景に驚くスタッフの驚愕の笑い、つられる私の笑いといった循環作用で血流が十倍も良くなった気分です。しかし急に寒くなったこの頃は、湯冷めに気をつけないといけません。

「税理士の独酌譚」  19かぐらむらH19.10、11月掲載
 数年前から遠視(老眼?)が進み手元の文字が読めなくなって眼鏡がないと困ります。ところで今年の夏の異常な暑さにはサングラスが有効でした。薄色のサングラスを持ち歩き、外の強い日差し対策に使っていました。猛暑の日に外から帰って机の上にサングラスを置いたまま仕事を始めました。いくつかの書類に目をやりながら眼鏡をかけてもよく見えない。目の老化が急に進んだか?と心配しましたが、ふと、かけた眼鏡がサングラスだったことに気がついて思わず吹き出しました。事務所のスタッフはあきれ顔でこちらを見ています。老化したのは鈍化した意識でした・・・・。

「税理士の独酌譚」  18かぐらむらH19.8、9月掲載

 電車に乗ると、七人掛けの座席に座る人の五、六人、時には全員が携帯電話に夢中です。メールを読む人、書く人、老若男女を問わずそういう世の中になったということかもしれません。しかし夢中になったその姿には共通して美しさがない。持ち物が人に邪魔しても、足が飛び出ていても、隣に人が座っても、携帯に夢中で全く周囲には無頓着。皆々その場に偶然居合わせる人との他生の縁には目もくれず、ずっと離れた人と交信しているという不思議な光景。秩序を乱す自己埋没型の人間関係や忘我の瞬間ほどスキだらけであることはなく、人は少しでも冷静な部分を保っていないといけないものだと妙に実感します。


「税理士の独酌譚」  17かぐらむらH19.6、7月掲載
 所用で京都へ行きました。鴨川にせり出した川床で、夕べの川風に吹かれながらの酒と食事。京都に行く機会には仕事の後で寄る好きな場所。好天に恵まれ、多忙だった一日の疲れが吹き飛ぶいい気分のひととき。目の前のおいしい自然の恵みと酒の味に感嘆しつつも、さて頭の中では妙な計算をしている。夕方になって、ざらついた顎や頬の髭をなでながら、この髭が、日に0.5㍉伸びるなら今までになんと5㍍以上も伸びていたわけだ。あきれた結論を知って大笑い。こうしてくだらないことを考えるのも私流のストレス解消法です。

「税理士の独酌譚」  16かぐらむらH19.4、5月掲載
  活動的でうれしい春、夏に向かうこの季節が私は大好きです。絶好のスポーツの季節、今年は野球が楽しみですね。実はレッドソックスへ移った松坂大輔のファンで、彼が甲子園で大活躍したあの夏の数日間は忘れがたく、その後もずっと彼を応援していますから、わくわくしてこの春を待ち望んでいました。いつも冷静で堂々としたマウンド姿にほれぼれします。イチローの大ファンでもあります。彼の動きはすべてが美しく、特にヒットを打って一塁から二塁や三塁へと走る姿はスタンドで見るとまさに芸術です。プロのすごさですね。今年はビールがうまそうです!

「税理士の独酌譚」  15かぐらむらH19.2、3月掲載
  ちらほらと梅の香りが漂う季節。梅が競って咲くようになればすっかり春だ。 昔出張ついでに訪ねた大宰府天満宮では、庭に咲く沢山の梅の木とあたりに香る様子が尋常ではなかった。九州の温暖さと明るい日差しに、本当に春だと驚いたものである。梅去れば桜かなのこの季節は旅立ちと新たな出会いの時でもある。この春からどんな出会いがあるのかと楽しみ、どんな出来事に遭遇するのかと期待する。その心境は動き出す虫のようだと思えば、それは啓蟄の季節どおりということか。

「税理士の独酌譚」  14かぐらむらH18.12、H19.1月掲載
 ヘッドホンが進歩して周りの雑音が聞こえないというものが流行です。一人の世界に没入したい表れか。中には高価なそれも売られていて、実は私も試聴してみました。確かに雑音が少しになり、海の底で一人で音楽を聴くような気分です。電車や飛行機の中で有効といいます。これをつけて、機械的な雑音をシャットアウトして自分が聞きたい音を、一人悦に入って聞かれたらいいかな・・と思い巡らすと、ヘッドホンをつけた自分の顔が店に備えた鏡に映っているのが見えました。昔見たシーンが頭に浮かびました。あれは、猿がヘッドホンをつけて立っていましたっけ。

「税理士の独酌譚」  13かぐらむらH18.10、11月掲載
 秋深し、隣は誰だかわからない・・という時代。でも人間がコミュニケーションを拒否して生きてゆくことは苦痛ですから、声をかければ誰でも笑みを浮かべてすぐに仲良くなれる、と信じるほうが楽しい。収穫の秋は、食欲を満たし、紅葉で野山の自然の美しさを楽しみ、酒が旨い、そして人恋しい、といった季節。酒を飲みながら隣に座った見知らぬ人とも、言葉を交わさなくともいつの間にか意思や情が通じてゆくもの。事業や交渉ごとにもそんな考えがあれば自ずと道開くと考えれば、難事も気にすることなかれ、です。

「税理士の独酌譚」  12かぐらむらH18.8、9月掲載
 神楽坂の阿波踊りがある夏祭り。暑い暑いと言いながらも、屋台の匂いやあふれかえる人の波、吹き出す汗とはじけるかけ声、こういう夏祭りの独特な風情は心弾んで何とも嬉しい。子供たちの夏休みが真っ盛りでも、昔のように真っ黒になって遊ぶ姿が少なくなって淋しい気がする。しかしこちらの旧少年はいつまでも、真っ黒になって飛び回って遊んでいたいまま年を重ねてきたから、夏祭りの風情にウキウキしてしまう。そういえば神楽坂で今年は蝶を見ないがどうしたろうか。温暖化だとか異常な水害、天候不順の不安感が少しでも無くなるといいですね。

「税理士の独酌譚」  11かぐらむらH18.6、7月掲載
 神楽坂6丁目の商店街通りで青空市が催され、物の販売に普段縁が無い我が事務所ですが、スタッフたちが是非にと燃えて参加しました。「いらっしゃいませ・・」と黄色い元気な声で並べたものは甘酒と杏仁豆腐、特製で人気のコーナーとなりました。 さて甘酒が本来は夏に冷やして飲む夏ばて予防の飲み物だということをご存じでしたか。俳句でも夏の季語、ビタミンB1、2、6やすべての必須アミノ酸、大量のブドウ糖などを含み栄養豊富な健康飲料だそうです。 人通りも一段と賑やかなその日、スタッフたちは大張り切りで楽しんだ一日でした。

「税理士の独酌譚」  10かぐらむらH18.4、5月掲載
 世間を騒がせる事件がたくさんですが、嘘のつきかたが下品で質の悪さを感じます。ごく一部の話でしょうが律儀さや廉恥心、卑怯を恥じる心を失いたくありません。もちろんエネルギーにあふれまっすぐ正々堂々と活躍するすばらしい方に胸躍る事の方がはるかに多いのですが、貧相な精神性は最も恥ずべきこと。桜が咲き新しい年度が始まるこの季節には、新たにたくさんの若者が社会人の仲間入りをしてきますが、金銭物欲ばかりでなく社会人としてのマナーや心のこもった礼儀作法を先ず覚えてもらいたいです。

「税理士の独酌譚」  09かぐらむらH18.2、3月掲載
 この冬は大変な大雪で、全国各地で大変な被害。しかし雪が降らなければ農作物に水不足が心配されるのも事実。なかなかうまくいきません。今、寒さが名物のニューヨークからこの原稿を書いていますが、昔から人間は自然と闘ったり協調したりして生きてきたのだと改めて考えさせられます。さて、トリノオリンピックやワールドカップ、巨大なイベントが続く今年はその波及効果で景気の追風も期待されます。また新たにいくつかの新ブームも予想され、まさに「春来たる」、ですね。

「税理士の独酌譚」  08かぐらむらH17.12、H18.1月掲載
 いよいよ年末年始の暦の入れ替わりです。我が会計事務所では「年末調整」や「確定申告」が間近に迫るといよいよ冬本番、と感じる季語のようなもの。夏に我が事務所の情報誌『貯金箱』でも触れましたが、少し景気が上向いています。前向き、強気、絶好調!と叫んでみれば、もっともっと福の神がやって来る気分。幸いのタイミングで神楽坂6丁目の無電柱化工事も完成。振興組合の方々のご苦労が偲ばれますが、そこに福の神がほほえんで、歩道の色合いの変化でいっそう明るい気分にさせてもらえます。

「税理士の独酌譚」  07かぐらむらH17.10、11月掲載
 『開けーゴマ!』と言うと大きな岩戸が開くという千夜一夜の話は暗示的ですね。決まった暗号めいた呪文である必要は無く、確固たる信念で対峙すれば岩戸が開くということのようです。諺ではさしずめ『意志あるところ道通ず』でしょうか。商売も健康管理も同様の気持ちで『エーイ!』っとかけ声を掛ければ、何でも思いのままになりそうです。科学的根拠なんか必要ありません。日本の文化の中には、念じて意志を通すということが元来底流に流れているではないですか。

「税理士の独酌譚」  06かぐらむらH17.8、9月掲載
  蝶が飛び回り始めて梅雨になり、再び蝶が舞い飛ぶようになると梅雨が明ける。ご存じですか?梅雨が明けるリズムのことと、アゲハ蝶もセセリ蝶も神楽坂の寺町の奥や公園界隈などで目にすることを。季節や自然との出会いも人との出会いも、よく考えると不思議です。気持ちが通わぬ試しはなく、時がコツコツ歩いてゆくのが見えるようです。   先日千葉の鴨川に行きました。太平洋に向かって高いところの露天風呂から眺める景色は壮大で、比べれば裸の自分は妙に小さいわけですが、この大海原と気を通わせられればどんなこともできる気分で帰ってきました。

「税理士の独酌譚」  05かぐらむらH17.6、7月掲載
  ヘミングウェイのカクテル、フローズン・ダイキリに憧れて自分で試してみたり、洋酒に憧れてかっこいいおじさんになりたかったが、ビートルズも六〇歳台とは、時は早くて止まらない。最近当事務所で無料のメルマガを発行した。その中で、この、かぐらむらと神楽坂の街とハナミズキを紹介したら、街を見に来てくれた読者がいた。新しい喜びを酒の思い出と交差させてしみじみと味わった。貯金箱というビジネス情報誌だが、いろいろな情報に自分流で勝手な解釈意見を述べ皮肉も混ぜ込んで、一方では経営者・一般家庭人諸兄に密やかなエールを送っている。

「税理士の独酌譚」  04かぐらむらH17.4、5月掲載
新年度がスタートした。法律の改正もこの時期を境に行われ、社会の動きがさらに活発になってゆく。昨今の注目すべきはこんなことではないだろうか。サラリーマンや主婦や学生までもが、これまでよりいっそう簡単に会社を起こして事業を開始できるということ。なんといっても会社としての資本金を準備する必要がなくなり、株式会社が個人事業と同程度に身近になるのだ!今回は会社を取り巻く制度変更が、かなりドラスティックに実施されることが注目される。当事務所へもそうした起業の相談がどんどん寄せられている。わくわくする。個人の能力がより浮き彫りになり、活発な経済に早くなってほしい。

「税理士の独酌譚」  03かぐらむらH17.2、3月掲載
この季節は確定申告の時期。無税の国へ逃げたいと誰でも思うのが人情だが、租税は国家形態の根幹をなす重要な要素。神代の昔から、人民には何らかの租税負担が付き物で、逃れられないのが現実である。それならばせめて負担する税以上の稼ぎをして、はたまた、「七人の侍」の農民のように、無いふり袖を振り回して舌でもペロっと出してみたいもの。不況下でも稼ぐ方法はきっとある。景気のいい話が途切れたことはないのだから。その稼ぐ方法や節税策を必死で生かして生き残る知恵を、せめてクライアントにはこっそり教えてあげたい、と思いつつ、咲き始めた梅の花を見る今日この頃である。

「税理士の独酌譚」  02かぐらむらH16.12、H17.1月掲載
秋から年明けは税制改正の話題が多くなる。景気に明るさが出始めたと言えば、政府税調では定率減税廃止という課税強化の方向へ動いている。景気炭に火が点くいとま(暇)なしである。その見込み税収効果は三兆三千億円とか。これを消費税に置換えれば六六兆円分の消費拡大と同様で、景気良好なればもともと消費拡大効果の税増収はあるわけだから、さらなる増税策を行うということか。平成九年に消費税率を五%にして冷めた景気の浮揚策の一つとした定率減税を廃止することで再び失速あるいは減速すれば、所得漸減の庶民にとって所得税負担増は二重の苦しみにもなりかねない。

「税理士の独酌譚」  01かぐらむらH16.10、11月掲載
  ホオズキ(酸漿)市や阿波踊りで沸いた今年の夏は、暑くてつらくて長かったが、既に秋も深まり時の過ぎる早さに驚く。この街で一六年、お世話になっているこの街も景気の浮き沈みとともに随分変化した。この新しくて古い街を、流れる風がしっくい(漆喰)でも塗るように、改めて“神楽坂”と染めていくようである。
  夏に神楽坂の親しい人を亡くした。真っ正直で若々しい感覚が魅力的で、沢山の記憶を戴いた。風も時間も待つことなく流れて行くのに、振り返るのは人間の切ない気の迷いか。
  景気の動きや時代の変化に左右されもするであろうが、この街はいつまでも文化的で元気で変わらずにいて欲しいと願う。

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